ギブソンフェンダー ギターの部屋  mosrite

ガットギター 最初に買ったギターは無名のガットギター。高1の時アルバイト(日給400円)して4,000円でやっと手に入れた。
フォークギターでないのが悔しくて、黒い下敷きを切ってピックガードを作って貼った。
残念ながらN氏に貸した後、燃やされてしまった。

LMS演奏会1976/6/16 YAMAHA SA-50
タイガースの森本太郎が弾いていたのがこのギター。
ギブソン335に良く似たスタイルがかっこいい。他人が止めるのも聞かず、欲しくてたまらず買ってしまったが、間もなく後悔することになる。
ピックアップが悪く音がこもるのと、ハウリングがひどい。トロモロアームもいいのだが音がすぐ狂う。
1967年7月発売当時53,000円。
頭に来て売り飛ばしてギブソンSGスペシャルを買った。
マーチン12弦を譲った友人は、このギターのピックアップをギブソンに換えて使用しているそうだ。

マーチン12弦 マーチンD12-20
1974年頃YAMAHA広島店のショーケースの中に長い間飾ってあったが、当時20万円ぐらいの値段で、6弦のマーチンも高値の花の時代に12弦が売れるはずもなく、在庫処分価格で譲ってもらった。
音は素晴らしいのだが、調律の手間がかかるのと、弦を貼ったままにしておくと、すぐにネックが曲がってくるのと、それにピックガードもめくれて来るなど手がかかりすぎるので、カントリーの好きな友人にモズライトと交換で譲った。

YAMAHA YAMAHA FG2000
これもマーチンと同様YAMAHA広島店で眠っていた。初期の手工ギター(1973年製)で15万円くらいした。
マーチンが買えるほどの値段で、当時ヤマハのギターを買う人などいるはずがない。結局、私が引き取った。
ちゃんと製作者テリー中本のサインが入っている。マーチンと違って音は重いが、日本の風土に合っていて丈夫である。今はプレミアが付いているらしい。
これのひとつ後のLタイプが、南こうせつ氏が持っているあの桜が描いてあるギターである。

GL-1 ギタレレYAMAHA GL-1
1.2.3.4弦はウクレレと同じで、6弦はA、5弦はDなので、ウクレレと同じようにも弾けるし、ギターのようにも弾ける。
ただ、フレットも弦の幅も狭いので弾きにくい。
6弦をG、5弦をCにして、ウクレレ風にもチューニングできる。

モズレレ モズライト?のウクレレ モズレレ
池袋で買ったモズライトのウクレレは4弦がまともまGなのでメロディーが弾きにくい。
そのままでは他の楽器とキーが合わないので、ギターチューニングにしたが、その後 LowGにした。

寺内タケシのサイン 2012/7/10寺内タケシとブルージーンズのコンサートでにサインを貰った。
モズレレを見ると寺内氏は「オッ」と声を出し、「サインしても上手く弾けないよ」といいながらボロンボロンと弾いていました。

グローバーに交換 2012/9/5オリジナルのペグは、緩んで音程が狂うので、グローバーのウクレレ用8Gと交換。

SGスペシャル GIBSON SG スペシャル
1976年頃購入。ブロニカS2を売ってハッセル500C/Mを買った時と同じ喜びを、このギターを手に入れた時に味わった。
アルフィーの坂崎さんならわかってもらえるかな?
ビートルズのストロベリーフォーエバーのジャケットに、 このギターが写っている?(standardだったかも)
糸巻きをグローバーに変え、弦は増尾好秋をまねてアーニーボールのエキストラライトを使っている。
増尾氏とは、女房のシャーリーと1ヶ月間アメリカで一緒に仕事をした関係で、ニューヨークで一度会った事がある。
ちなみに、シャーリー増尾の実姉は、 昔、TBS「8時の空」に出演していたジュディ-・アントンである。知ってた?


venturesモデル mosrite super custom '65モデル
ジャパニーズモズライトではあるが、ベンチャーズに痺れて、ギターを始めただけに、手に入れた時は感慨無量だった。
やはりトレモロアームの魅力は格別。
基本的なモズライトは63〜66年のモデルであるが、その後のニューバージョンもある。
セミ・モズレーが作った初期モデルは現在は高価であるが、当時アメリカでは、200〜300ドルで売られていたようだ。


ツインリバーブ fender ツインリバーブ
ギターアンプの代名詞。手に入れた時はスピ−カーも真空管も死んでいた。
スピ−カーはセレッションを入れ、真空管も入れ替えた。

BOSS BOSS OS-2:雑誌の原稿料が入ったので、欲しくて買えなかったBOSSのエフェクターを買った。
SUPER OverDriveのSD-1、OverDriveのOD-3と迷ったが、OverDrive/DistortionのOS-2にした。
どうせLive演奏なんかしないし、家でも大きな音で演奏できないので、1台で2役のほうが便利である。
早速弾いてみたが、アンプには通すがヘッドフォンで聞くので、今ひとつ臨場感が無い。

レコード盤 懐かしのレコード
1960年代後半のエレキサウンドのEP盤。懐かしくて最近買い直した。

今は無き懐かしのYAMAHAのアンプ

YAMAHA YTA-110 YAMAHA YTA-110
TS-110のアンプ付きスピーカの上にPE-200のプリアンプが載った100Wギターアンプで、1973年頃に購入した。
部員から2,000円づつ部費を集金し、YAMAHA広島店に月賦で支払った。
SP部分だけで50kgもあり、上下合わせて64kgにもなったので、社外に持ち出すのは大変だった。
プリアンプ部分を開けてみると、中身は韓国製で回路はシンプルなので、エンクロージャーが重かったようだ。
SA-50のセミアコギターはハウリングを起こしやすく、フルパワーというわけにはいかなかった。
当初は、ベース用と兼用していたので、両方のバランスがむずかしかった。

YAMAHA YBA-100 YAMAHA YBA-100
YAMAHAのYTA-110と同じデザインのアンプで、BE-200のプリアンプとBS-100のアンプ付きスピーカーから構成されている。
BS-100を追加すれば100W以上にもなるが、その必要は無かった。
YTA-110、YPA-200と縦じまのアンプが揃った。

YAMAHA PM-200 YAMAHA PS-75 YAMAHA YPA-150
YAMAHAが初めて出した本格的PAシステムで、PM-200という8chミキサーとPS75という60Wのアンプ付きSPの組み合わせで、1974年当時90,000+65,000x2=220,000円もした。
当時は、シュアーのボーカルマスターのようにミキサーとアンプが一体にものが多く、ミキサーだけのPM-200は衝撃的で、PS75を足していけばいくらでも出力が大きくできた。
ただ不平衡入力だったので、のちにキャノンプラグにしたPM-400が発売される。
マイクは、シュアーのSM-58が高価だったのでSM-588で我慢し、スタンドはAKGを使用。
ミラノのテープエコーマシン「エコーチェンバーT-4」を、何処からかもらってきて使っていた。

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